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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)2970号 判決

原告 株式会社三好製作所

被告 国

主文

(一)  被告は原告に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年一二月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

(二)  原告のその余の請求は棄却する。

(三)  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その二を被告の負担とする。

事実

一  申立。

原告代理人は、「(一) 被告は原告に対し金一六〇万円及びこれに対し昭和二九年四月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え(昭和二九年(ワ)第二九七〇号事件。)。(二) 被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対し昭和二九年(ワ)第一一五〇八号事件の訴状送達の日の翌日から年五分の割合による金員を支払え(昭和二九年(ワ)第一一五〇八号事件。)。(三) 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに右第(二)項につき仮執行の宣言を求め、

被告代理人は、請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は次のとおりである。

二  原告主張の請求原因。

(一)  (1)  原告は昭和二四年一二月中、訴外産業復興公団前橋出張所の代行商社であり、公団の代理人である訴外天城産業株式会社を通じて、群馬県太田市富士産業株式会社小泉工場所在の

丸鋼(七ミリないし一〇〇ミリ) 二五〇噸

アルミニユーム合金屑(廃機体)  三〇噸

の払下を申請して公団の認可を受け、同月二八日、公団の代理人天城産業前橋支店長との間に右物件につき丸鋼は金二二五万円、アルミニユーム合金屑は金九六万円として売買契約を締結し、その頃右合計金三二一万円を公団の代理人天城産業前橋支店長に支払つた。

(2)  公団は前橋出張所長をして昭和二五年一月中、右売買物件のうち

丸鋼 三四噸

を原告に引渡したが、爾余の分については前記天城産業前橋支店員において進駐軍の搬出許可証が来るまで待つて呉れなどと口実を設けて引渡をしなかつた。そこで昭和二五年三月四日、当時の原告会社、代表者三好清、公団前橋出張所長中沢寛、天城産業前橋支店長高久洸等が前橋市内住屋旅館において協議した結果、前記売買契約を更改することとし、同日同所において原告と公団代理人天城産業株式会社との間に、更めて東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所所在の

地下ケーブル 一三〇噸

鉛板屑     七〇噸

を代金合計四六〇万円で原告が買受けること、引渡期限は昭和二五年三月一〇日から昭和二五年四月一〇日までとすることとの売買契約を締結し、右契約締結によつて原告の転売利益を保証することを含みとして、原告が先に公団から引渡を受けた丸鋼三四噸の価格を金一六一万円と看做し、原告が先に公団の代理人天城産業に交付した金三二一万円から右金額を差引いた残額金一六〇万円は、更改された右岩鼻出張所の売買代金の一部弁済に充当し、原告が追加して現実に支払うべき金員は金三〇〇万円とするとの合意がなされたので、原告は契約当日すなわち昭和二五年三月四日金一五〇万円、同日二四日金一五〇万円、合計三〇〇万円を公団の代理人天城産業前橋支店長に支払つた。

しかるに公団前橋出張所長は進駐軍の搬出許可が下りないとの口実のもとに右岩鼻物件の引渡をしないでいるうち、右物件はすべて亡失してしまい引渡不能となつた。

(3)  よつて公団は原告に対し、売買物件引渡債務の履行に代るべき損害を賠償すべき義務を負担したところ、公団は産業復興公団法第八条に基く経済安定本部長官の命令(昭和二六年三月二八日附経本第二三七号の二)により同月三一日解散し、同日附政令第六一号により昭和二六年四月一日から清算に入り、昭和二七年中清算を結了し、被告国が公団の債務をすべて承継した。

(4)  しかして、売買の対象たる岩鼻物件亡失時の価格は厖大なものであり、公団の責に帰すべき履行不能によつて原告の蒙つた損害も従つて極めて大きいのであるが、原告は右損害のうち金一六〇万円及びこれに対する昭和二九年(ワ)第二九七〇号事件の訴状送達の日の翌日である昭和二九年四月二一日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(5)  仮りに岩鼻物件についての原告と公団との間の売買契約がなんらかの理由によつて無効であり、原告は公団に対し、ひいては被告国に対し履行不能による損害賠償請求をなしえないとしても、原告は後記金三〇〇万円とともに前叙金一六〇万円についても次に述べる理由により不法行為による損害賠償としてその請求権を有する。すなわち、

(二)  (1)  産業復興公団前橋出張所長中沢寛及び訴外天城産業前橋支店長高久洸は、専ら天城産業の公団に対する未納金の穴埋めに費消する目的のもとに、共謀のうえ、昭和二五年三月三日、前橋市内住屋旅館において、前記岩鼻製造所所在の地下ケーブル及び鉛板屑につき所管庁たる関東財務局前橋財務部から払下を受けてこれを原告に約定どおり売渡すことのできる確たる見込もないのに見込があるように装い、当時の原告代表者三好清に対し、岩鼻の地下ケーブル一三〇噸及び鉛板屑七〇噸を代金四六〇万円で払下げ遅くも昭和二五年四月一〇日までには必ず渡す、と嘘を言い右三好清をしてその旨誤信させ、先に原告が天城産業に交付していた金三二一万円中一六〇万円を右代金の弁済に充当させることにつき三好清をして同意させ、原告から昭和二五年三月四日受取つた金一五〇万円、同月二四日原告から受取つた金百五十万円とともにその頃天城産業の公団に対する未納金債務の弁済支払に充てて費消してしまつた。よつて原告は上記中沢寛及び高久洸の共同不法行為によつて金四六〇万円の損害を蒙つたのである。

(2)  しかして公団前橋出張所長中沢寛が公団の使用人であることは言うまでもなく、昭和二二年法律第五七号産業復興公団法第一条によると、同公団は経済安定本部総務長官の定める基本的な産業政策及び産業計画に従い産業設備又は資材の整備又は活用を図り、もつて産業の速かな復興を促進することを目的とする法人であり、その具体的業務内容は、経済安定本部総務長官の定める方策に基く産業設備の建設、産業設備並びに資材の買受、貸付又は売渡、その他右総務長官の指定する業務とするとの前記法律第一六条の規定により例えば過剩物資、不正保有物資、特殊物件、兵器処理委員会より引継を受けた物件、物価統制令違反により没収された物件を適正ルートに配分することをもその業務としていた。そして同公団前橋出張所は群馬県下における公団業務を行うもので、関東財務局前橋財務部あるいは群馬県特殊物件処理委員会等より指示を受けた特殊物件につきその買入、保管、売渡等に関する業務を執行していた。従つて同所所長の前記不法行為により原告の蒙つた損害は、同所所長が公団の事業の執行につき原告に加えた損害であると言うべきであるから、公団は民法第七一五条第一項の規定により原告に対しこれを賠償すべき義務がある。

(3)  また訴外天城産業は、公団が鉄鋼、繊維、非鉄金属等の各部門毎に専門商社のうちから選んだ公団の代行商社で、公団から前記特殊物件の検収、格付、撤去作業、保管、倉出、販売の斡旋等に関し事務の委任を受けあるいは作業を請負い、販売斡旋に当つては公団の代理人として売買契約を締結していたもので、天城産業は公団の業務執行の補助者であつた。しからば天城産業前橋支店長高久洸が公団前橋出張所長中沢寛と共同してした前記不法行為により原告の蒙つた損害は、天城産業前橋支店長の行為の面から見ても同支店長が公団の事業の執行につき加えた損害というべきであるから、公団はその賠償義務を免れない。

(4)  しかして公団の債務を被告国が承継したことは前記(一)の(3) において主張したとおりである。よつて原告は被告国に対し公団使用人の不法行為による前記損害のうち金一六〇万円については二次的主張として、同全額及びこれに対する本件昭和二九年(ワ)第二九七〇号事件の訴状送達の日の翌日たる昭和二九年四月二一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、うち金三〇〇万円については同金額及びこれに対する本件昭和二九年(ワ)第一一五〇八号事件の訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の答弁並に抗弁。

(一)  天城産業が産業復興公団の代行商社であつたこと、同公団が原告主張の法令により昭和二六年三月三一日解散し、同年四月一日から清算に入り、昭和二七年中清算結了したこと及び同公団の業務目的、同公団前橋出張所の業務内容が原告主張のとおりであること、天城産業が特殊物件の検収、格付、保管、販売斡旋等を行つていたことはいずれも認めるがその余の事実はすべて争う。

(二)  公団が原告から昭和二四年一二月当時その主張のような払下申請を受け代金三二一万円をもつて払下を認下したことは全然ない。いわゆる代行商社の販売契約が公団の売渡しとして認められていたことはない。代行商社は公団の委託を受け特殊物件の検収、格付、保管、売買の斡旋等の事務を行つていたにとどまり、第三者との間において公団を代理する権限は全く無かつた。天城産業が業者から金員を受取つていたとすれば、それは公団と買受業者との売買契約成立前天城産業が業者の代理人として業者から概算代金を預り、売買物件の数量、金額が確定して契約が成立したのち天城産業が業者に代つて公団に支払うべきものとされていた金員であろう。

(三)  仮りに原告が公団に対し原告主張のような債務不履行による損害賠償債権あるいは公団使用人の不法行為による賠償債権を有していたとしても、その債権は次の理由により消滅している。すなわち、

公団は昭和二六年三月三一日政令第六一号産業復興公団解散令により同年四月一日より清算に入つたが、原告主張の損害賠償債権は公団清算人に知られていなかつた。清算人は解散令第九条に基き同年四月一一日、同月二〇日及び同月三〇日の三回に亘り日本経済新聞による公告をもつて公団に対する債権者は昭和二六年六月三〇日までにその債権を申し出るよう催告し、債権者が右期間内に申出をしないときは清算から除斥される旨を附記した。しかるに原告はその債権を公団に申出なかつたので清算から除斥された。

しかして清算人は解散令に従つて清算事務を行い、まず争のある債務を含む知れたるすべての債務の弁済に必要な財産を留保し、残余財産の国庫帰属について大蔵大臣の承認を受け、昭和二六年一二月末日をもつて国に第一次引継を行い(解散令第一二条第二項。)、昭和二七年一月末日現在をもつて残余財産全部の引継を完了し(解散令第一二条第一項。)、同年四月二四日決算報告書につき大蔵大臣の承認を受け、同月二六日清算結了の登記をした(解散令第一三、第一四条。)。原告の主張する債権は解散令第一〇条の規定により公団が残余財産を国に引渡した時をもつて消滅しているのである(なお、民法第八〇条参照。)。

四  原告の答弁並びに抗弁。

(一)  被告主張の事実中、公団が昭和二六年四月一日から清算に入り、清算人が被告主張のような公告をしたこと、原告が債権を公団に申出なかつたこと及び昭和二七年四月二四日公団の清算結了登記がなされたことは認めるが、その他の事実はすべて争う。

(二)  昭和二四年一二月二八日の契約につき天城産業前橋支店長に公団を代理する権限がなかつたとしても、天城産業は公団の補助機関として公団が買入れた特殊物件の検収、格付、撤去等の諸作業、物件の保管、売却の際の斡旋を委託されていたもので、常に産業復興公団代行商社の名を冠して業務に従事しており、各買受業者は公団から払下げを受けるにつきすべて代行商社と取引を進めかつ代行商社に代金を支払つて来たものである。原告は上記契約前においても何回となく天城産業と公団所管物件払下について取引を重ねて来たが一度も間違を起したことはなく、物件はすべて公団前橋出張所から引渡されていたのである。しかして原告を含む買受業者は、代行商社を公団の代理人として、公団と契約し払下を受ける意思をもつて代行商社と取引をしていたものであり、代行商社が公団を代理する権限の無いことを全く知らなかつたのであるから、かかる場合には民法第一〇九条、第一一〇条の規定に準じ取引の安全保護の見地から、公団は代行商社の行為につき本人としての責に任ずべきである。

また天城産業は少くとも公団を代理して払下代金を受領する権限を有していたのであり、上叙の事実関係及び従来から天城産業と払下品売買契約を締結していても一度の故障もなかつたところからみて、原告が昭和二四年一二月二八日の契約を締結するに当り、天城産業には公団を代理する権限があつたと信じたについては正当な理由がある。従つて公団は民法第一一〇条の規定により天城産業の行為につき責に任じなければならない。

(三)  原告は、公団清算人に知られざる債権者ではなく、知れたる債権者である。

産業復興公団解散令第九条第四項は、公団清算人は知れたる債権者を清算より除斥できないと規定している。しかして、公団前橋出張所長中沢寛は昭和二四年一二月二八日締結された原告と天城産業間の契約につき公団出張所長として出荷指図書を発行しているし、昭和三五年三月四日前記前橋市内住屋旅館における原告会社代表者及び天城産業前橋支店長高久洸との会合の際右契約はその一部が履行されたのみで残余は履行不能となつたことを充分承知のうえで前述のように原告会社代表者を欺いて金員を騙取したのである。当初原告会社代表者は欺かれたことを知らなかつたので、昭和二五年五、六月頃訴外東良男等とともに公団本部に対して亜鉛板屑等岩鼻所在物件の引渡を請求し、また前記中沢寛の不仕末を整理するため後任として公団前橋出張所長となつた訴外百武三郎に対しても中沢寛及び高久洸が詐欺を行つた際に作成した契約書を示し善処方を依頼していたのであつて、公団としては清算開始前すでに原告が公団に対し本件債務不履行による損害賠償債権あるいはその使用人の不法行為による損害賠償債権を有することを知つていたのである。さらに、公団清算開始後清算結了前の昭和二七年四月七日公団前橋出張所長であつた中沢寛及び天城産業前橋支店長高久洸は共犯として詐欺罪で起訴されたのであるから、公団の残務整理に当つた清算人においても数額の点までは確定していないとしても原告が公団に対して債権を有することを知らなかつたということはない。なお中沢寛は第一審たる前橋地方裁判所において昭和二八年一二月二日懲役一年に処せられ、控訴審において執行猶予が附せられその裁判は確定し、高久洸は第一審において懲役一年執行猶予四年の判決を受け、そのまま確定した。

しかるに公団が知れたる債権者である原告に対して債権の申出を一般の公告とは別個に催告しなかつたのは違法であり、原告の債権は公団の清算から除斥されないのであるから、公団の債務引受人たる被告は原告に対し原告が本件において主張する各損害を賠償すべき義務がある。

五  原告の右主張に対する被告の答弁。

(一)  中沢寛及び高久洸が原告主張のように詐欺罪で起訴され各裁判が原告主張のように確定したこと、公団清算人が、一般の公告とは別個に、原告に対して直接債権の申出をするよう催告していないことはいずれも認めるが、その他の事実はすべて知らない。

(二)  産業復興公団解散令第九条あるいは民法第七九条にいわゆる知れている債権者であるためには、必ずしも当該債権の正確な範囲、数額が清算人に知れていることを要するものではないとしても、少くとも当該債権の存在自体、換言すれば、債権者が何人であるか、またその債権はいかなる原因に基くいかなる請求権であるかについて大体のことは知れているものでなければならない。そして清算人がする債権申出の催告は、債務存在の事実を認めるものであるから、時効中断の効力を有するものとされており(大正四、四、三〇、大判、民録二一輯六二五頁参照。)また清算人は、知れたる債権者については、たとえ債権の申出がなくとも、これを清算手続から除斥することができず、進んで弁済すべきものとされているのであるから、当該債務の正確な範囲数額については疑義ないしは争いがあるにしても、少くとも争いのない範囲においては、当然法人において債務を承認し、債権者から申出がなくとも進んで弁済するのを相当とする程度に、債務の存在が知れていることを要するものと言うべきである。

ところで、原告が本訴で主張する債権は、公団の債務不履行あるいは訴外中沢寛の不法行為によつて原告が蒙つた損害、しかもその不法行為が使用主たる公団の事業の執行につきなされたものであるとして、公団の使用者としての賠償責任を問うものである。その発生原因たる中沢の行為は詐欺という犯罪行為であつて内容において甚だ複雑であり、殊に使用者責任の成否は法律上も甚だ判定困難な問題なのである。本件の場合、原告の蒙つた損害は、中沢が公団の事業の執行につき加えたものとは解しがたく、被告は公団の使用者責任を争うものであるが、このような債権は、その性質上、中沢において卒直、明瞭にその事実を公団に告白するか、あるいは被害者において余程確実な資料をもつてその内容を具体的に明確に示さない限り、公団がその債務の存在を知り、これを承認して清算手続に加え、進んで弁済することはとうてい期待し得べくもないものというべく、かような債権は、知れたる債権ということはできない。そして、このことは、被用者中沢がたまたま公団の出張所長として、ある種の事項につき公団の代理権を有していたとしても、その結論を異にするものではない。けだし、当該債務が公団の組織内における通常の業務の執行により生じたもので、清算手続における通常の調査によつて、清算人がその存在を知り得る客観状態にあれば、現実には清算人が知らなくとも、これをもつて知れたる債権ということもできようが、本件の場合のように、出張所長とはいえ使用人に過ぎない者がその職務権限を逸脱して公団本部に極秘に行つた不法行為(犯罪行為)に基く使用者の責任の如きは、仮に出張所長に法律知識があつて公団に使用者責任の発生することを知つていたとしても、その旨を明瞭に公団に報告しない限り、とうてい、公団に知れたる債権ということはできないものと考える。

なお、原告が本件債権の重要な資料とする甲第七号証の一、乙第二二号証は、原告と天城産業との間の売買契約書であつて、中沢は右契約の立会人となつているに過ぎない。そして、天城産業は公団を代理する権限を有しないのであり、殊に右売買契約の目的となつている物件は公団の所管に属しないもので当然中沢の職務権限にも関係のない物件なのである。従つて、かような契約書が公団に示されたとしても、公団がこれによつて本件債務の存在を知り得るよしもない。

六  証拠関係。

原告代理人は、甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八ないし第二七号証を提出し、証人大里喜彦、中沢寛、藤生啓吉、三好清、吉永鉄次郎の各証言を援用し、乙第二五号証の一ないし三は官署作成部分のみ成立を認めその余の成立は不知、その他の乙号各証の成立はいずれも認めると述べ、

被告代理人は、乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし三、第八、第九号証の各一、二、第一一ないし第二四号証、第二五号証の一ないし四、第二六号証の一ないし七、第二七号証の一、二、第二八号証を提出し、証人中沢寛、鳥塚善、代田重徳、鳥塚喜、藤生啓吉、橋本行義、藤生仲、沢村隆司こと小山豊の各証言を援用し、甲第一、二号証の各成立は知らないが、その他の甲号各証並びに甲第三ないし第六号証の原本の存在はいずれも認めると述べた。

理由

一  当事者間に争いのない事実。

産業復興公団は昭和二二年法律第五七号産業復興公団法によつて設立された法人であり、経済安定本部総務長官の定める基本的産業政策及び産業計画に従い産業設備又は資材の整備活用を図り、産業の速かな復興を促進することを目的とし、右総務長官の定める方策に基く産業設備の建設、産業設備並びに資材の買受、貸付又は売渡その他同長官の指定する業務例えばいわゆる過剰物資、特殊物件、不正保有物資、兵器処理委員会より引継いだ物件、物価統制令違反により没収された物件を適正なルートに配分することなどを業務とし、同公団前橋出張所は群馬県下における公団業務を行い、関東財務局前橋財務部あるいは群馬県特殊物件処理委員会等より指示を受けた特殊物件につきその買入、保管、売渡等に関する業務を執行していたこと、訴外天城産業株式会社は公団の代行商社であり、特殊物件の検収、格付、保管、販売の斡旋を行つていたこと、公団は産業復興公団法第八条に基き、安定本部総務長官の昭和二六年三月二八日附命令により同月三一日解散し、同日附政令第六一号産業復興公団解散令により昭和二六年四月一日から清算に入り昭和二七年四月二六日清算結了の登記をしたこと、同公団清算人は清算開始後、解散令第九条に基き昭和二六年四月一一日、同月三〇日の三回に亘り日本経済新聞による公告をもつて公団に対する債権者は同年六月三〇日までに債権を申し出るよう催告し、債権者が右期間内に申出をしないときは清算から除斥される旨を附記したこと、清算人は右公告とは別個に原告に対して直接債権の申出をするようには催告していないこと及び昭和二七年四月七日、産業復興公団前橋出張所長中沢寛並びに天城産業前橋支店長高久洸が共犯として詐欺罪により起訴され、中沢寛は第一審前橋地方裁判所において昭和二八年一二月二日懲役一年に処せられ、控訴審において執行猶予が附せられ、高久洸は第一審において懲役一年執行猶予四年の判決を言渡され右裁判はいずれも確定したことは当事者間に争いがない。

二  昭和二五年三月四日の契約成立を前提とする金一六〇万円の請求について。

(一)  原告は金一六〇万円及びこれに対する遅延損害金請求の第一次的請求原因の前提事実として、昭和二五年三月四日原告と公団の代理人たる天城産業前橋支店長高久洸との間に旧東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所所在の地下ケーブル一三〇頓、鉛板屑七〇頓の売買契約を締結したと主張するが、原本の存在並びに成立について争いのない甲第三号証、成立について争いのない甲第七号証の一ないし三乙第二二ないし二四号証、甲第九号証、乙第三号証の二、甲第二〇号証乙第八号証の二中、高久洸が公団の代理人であるとの主張に副う部分は、成立について争いのない甲第一七号証、乙第六号証の五、甲第二四号証、乙第一三号証、甲第一八号証、乙第六号証の六、甲第一九号証乙第七号証の一、乙第二六号証の一ないし七及び証人中沢寛、証人代田重徳、証人沢村隆司こと小山豊の各証言と対象すると措信することができず、他に高久洸が公団を代理して岩鼻製造所所在の前記物件につき原告と売買契約を締結する権限があつたことを認むるに足る証拠はない。

(二)  当事者間に争いのない事実と右比照に供した各証拠を綜合すると、高久洸には公団を代理する権限などは全くなかつたこと、すなわち、公団は上記第一項に記述した業務を遂行するに当り、鉄鋼、非鉄金属、油類、繊維製品等各部門毎に専門商社を選び、右商社に手数料を支払つて公団取扱物件の検査、格付、収納保管及び売買の斡旋を委嘱していたこと、右商社は代行商社と呼称されていたが公団を代理して買受申込人と売買契約を締結する権限はもとより、公団の代理するなんらの権限も有せず、かつて与えられたことはなかつたこと従つてその前橋支店長たる者も公団を代理する権限を与えられたことは一切なかつたことが認められる。

(三)  しからば公団に対し昭和二五年三月四日に成立したという売買契約上の債務不履行に基く損害賠償を主張する原告の金一六〇万円についての第一次的請求は進んで他の点について判断するまでもなく理由がない。

(四)  原告は、仮りに高久洸に代理権が無かつたとしても、同人が支店長をしていた天城産業は常に「産業復興公団代行商社」の名を冠し、その名称のもとに業務に従事していたことなど事実摘示第四項(二)に記載の如く主張し、本件においては民法第一〇九条、第一一〇条の規定に準じ公団は代行商社の前橋支店長たる高久の行為につき本人としての責に任ずべきであると主張する。

なるほど前掲甲第九号証乙第三号証の二、甲第一七号証乙第六号証の五、甲第一八号証乙第六号証の六、甲第一九号証乙第七号証の一、甲第二〇号証乙第八号証の二、甲第二四号証乙第一三号証、甲第三号証第七号証の一乙第二二号証に証人中沢寛、代田重徳、沢村隆司こと小山豊、鳥塚善、藤生啓吉、藤生仲、吉永鉄次郎の各証言を綜合すると、公団は天城産業が前記認定の業務の委嘱を受けてこれを執行するに際しすべて「産業復興公団代行商社天城産業株式会社」の名をもつて行動することを許容していたこと、原告は公団から所管の物件払下を受けるにつきすべて天城産業前橋支店を通じて公団と接衝していたこと及び払下を受けた物件の代金も右支店員に交付していたこと、このようにして公団との売買が昭和二四年中何回か繰返されたことが認められるけれども、公団はかつて天城産業あるいはその支店長高久洸に対して代理権を与えたことのないこと前認定のとおりであり、かつ右に掲記の各証拠によると当時公団所管物件の買受人は、まず所管官庁から物資の割当を受け配給割当切符を入手したうえ公団に対して買受方を申出で、公団はこれに応じて物件の保管を委嘱せる代行商社に対して在庫照会をし、代行商社から現有の回答があると公団出張所においては公団本部の承認を得たうえで、公団本部においてはその時直ちに買受人と売買契約を締結し、買受人に対して代金請求書を発し、買受人はこの請求書に基いて指定銀行に代金を支払い、公団は指定銀行から入金報告書を受け取つたうえで代行商社に出荷指図書を発し、買受人は代行商社から現品を受取るとの一連の手続が行われるべきであつたのであるが、公団前橋出張所においては所長中沢寛の独断で右の正規の手続によることなく、代行商社たる天城産業が買受人の代理人として公団と売買契約を締結することを許し、その場合には代行商社たる天城産業をして買受人の公団に対する代金債務を引受けさせ、公団本部からの払下承認あるいは銀行からの入金報告書到達以前に代行商社が買受人に保管物件を交付することを默認していたこと、原告は前橋出張所における異例の手続によるものなることを知りつつ天城産業に対し原告の代理人として公団と売買契約を締結しかつ代金を支払つて貰うことを委任していたことが認められるのであるから、もとより公団に対し民法第一〇九条、第一一〇条を適用すべき場合ではなく、またその準用を認めうべき場合でもない。

三  中沢寛及び高久洸の共同不法行為を理由とする損害賠償請求について。

(一)  よつて次に中沢寛及び高久洸の共同不法行為を理由とする損害賠償金一六〇万円及び金三〇〇万円の請求について判断するが、右各金員のうち一六〇万円の請求は前記契約の成立を前提とする請求に対して第二次的予備的請求原因である。

(二)  結論を先に言うと、原告が昭和二五年三月中、産業復興公団前橋出張所長中沢寛及び天城産業前橋支店長高久洸の故意ある共同の不法行為によつて金三〇〇万円を騙取され同額の損害を蒙つたことはこれを認めることができるのであるが、本件に現われたすべての証拠によつても右金員以外の原告主張の原告の蒙つた損害金一六〇万円もまた右両名の共同不法行為によつたものであるとは認めることができない。

(三)  すなわち当事者間に争いのない事実に前記第二項に認定の事実、前掲甲第三号証第七号証の一ないし三乙第二二ないし二四号証、成立について争いのない甲第九号証乙第三号証の二、甲第一〇第一一号証乙第四号証の二ないし三、甲第一二ないし一五号証乙第五号証の二ないし五、甲第一六号証乙第六号証の二、三、甲第一七第一八号証乙第六号証の五、六、甲第二〇第二一号証、乙第八第九号証の各二、甲第二二第二三号証乙第一〇第一一号証、甲第二四第二五号証乙第一三第一四号証、甲第二六号証乙第一五ないし第一九号証、証人吉永鉄次郎の証言によつて成立を認めうる甲第一、第二号証、証人大里喜彦、三好清、吉永鉄次郎、藤生啓吉の各証言を綜合すると、

昭和二四年一二月上旬頃、原告会社の前橋駐在員吉永鉄次郎は天城産業前橋支店長沢村隆司(現在の姓名は小山豊。以下、同じ。)及び支店員藤生啓吉から群馬県下旧東京陸軍第二造兵廠岩鼻製造所に在る鉛、地下ケーブル等を公団から原告会社に払下げられるようにしてやろう、しかしとも角差当り一〇〇万円入用である。また群馬県太田市の富士産業株式会社小泉工場所在の丸鋼、アルミ合金屑の払下をも考慮しようと話された、しかし原告会社では直ちに右金一〇〇万円を用意することができなかつたので吉永は当時の原告会社代表者三好清と相諮り訴外大里産業株式会社に右物件の一部を入手後は譲渡する約のもとに一〇〇万円を出捐させ昭和二四年一二月二八日頃天城産業前橋支店員に交付させた、右金一〇〇万円は原告が公団から買受けることができるとの見込のもとに公団に支払うべき小泉工場物件、岩鼻製造所物件の前渡金として天城産業前橋支店長沢村隆司及び支店員藤生啓吉に保管を委託したものである、そして原告自身も六、七〇万円の金を用意して沢村隆司等に保管を委託した、ところが右金員はいずれもその頃、恐らくは沢村隆司によつてと思われるが、少くとも前記中沢寛、高久洸以外の者によつて費消されてしまつた、公団前橋出張所では前記第二項に認定したように必ずしも公団所管物件払下につき全部が全部正規の手続によつたものではなく、公団の代行商社たる天城産業に公団物件買受人の代理人となることを默認し、買受人と公団との売買契約成立前天城産業が買受人から概算金ないしは概算金の一部前渡金の交付を受け買受人の公団に対する代金債務を引受け公団との売買契約成立後買受人に代つて代金を公団に納入支払うことを認めていたのであるが、公団前橋出張所長の代行商社天城産業に対する指示監督極めて不充分であつたため天城産業前橋支店においては買受人から保管を委託された前記のような代金を使い込んでしまい、買受人と公団との売買契約成立後公団に支払うべきもののうち、五、六百万円に及ぶ未納金を生じてしまつた、このような事態は公団前橋出張所長中沢寛において充分承知していたし、もし公団本部からの監査があればその非違を糺弾されるであろうことも承知していた、また天城産業としてもこのまま推移すれば代行商社たる資格を剥脱されるであろうことを恐れていた、かかる時に昭和二五年二月頃高久洸は前記天城産業前橋支店の失態を整理するため同支店支店長に任命されたのであるが、兎も角同支店の公団に対する未納金を解消することが第一の急務と考えた、そしてたまたま原告との間に前記岩鼻所在の物件について払下を代行しようとの交渉が継続しているのを知り、かつ岩鼻所在物件は当時賠償物資として占領軍が保管中のものであり何時これが賠償物資たることを解かれ関東財務局前橋財務部を通じて公団前橋出張所所管となるか確たる見通しもないのに、前記中沢寛と意を通じて、これあるかの如く装い専ら天城産業の公団に対する未納金の一部に充当費消する目的のもとに昭和二五年三月四日前橋市内住屋旅館において当時の原告会社代表者三好清等に対し岩鼻所在物件の払下を代行するが前渡金としてさらに金三〇〇万円必要であると告げ、中沢寛においても不可能なることを予想しつつ右前渡金を原告が天城産業に交付すれば同年四月一〇日頃までには岩鼻所在の鉛屑を搬出しうるかのごとく口添えして三好清を欺し、同人をして昭和二五年三月四日金一五〇万円、同月二四日金一五〇万円合計三〇〇万円を高久洸に交付させてこれを騙取し、高久洸においておのおのその頃天城産業の公団に対する未納金の充当として公団に支払い費消してしまい、原告は右金三〇〇万円について公団からも天城産業からも補填されることなく同額の損害を蒙つたことが認められる(成立に争いのない甲第一七号証、乙第六号証の五、証人中沢寛の証言中原告の右損害は原告に代つて公団と接衝した東良男の努力によつて公団所管の他の物件を払下げこれを原告等において他に転売しその利益をもつて原告の損害を補填したかの如き記載があるけれども右は成立について争いのない甲第二号証、乙第四号証の四、証人三好清の証言に対照するとにわかに措信することができない。)。

成立について争いのない乙第二号証、甲第一九号証乙第七号証の二、証人中沢寛、代田重徳、鳥塚善、藤生仲、沢村隆司こと小山豊の各証言中以上の認定に牴触する部分はにわかに措信することができず、他にこれを覆すに足る証拠はなく、したがつて、原告の主張中金一六〇万円も中沢寛と高久洸の共同不法行為により原告の蒙つた損害であるとする部分は失当である。

(四)  しかして、訴外中沢寛が原告から前叙のように金三〇〇万円を騙取した昭和二五年三月当時公団前橋出張所長であつたことは前項認定のとおりであるから、同人は公団の被用者であるというべく、同人の前項認定の不法行為が公団の事業の執行について行われたものであるとすれば公団は中沢寛が不法行為によつて原告に加えた損害を賠償すべき責任がある。

(五)  ところで、民法第七一五条の趣旨は、ある事業のために他人を使月する者をしてその事業を遂行するために使用者に属する施設機構の範囲において被用者が故意又は過失により事業を不当に執行し又はこれが執行を懈怠したために第三者に加えた損害を賠償する責任を負わしめ、もつて第三者を保護せんとするものであり、同条にいわゆる事業の執行につき加えたる損害とは、使用者が通常被用者に対し業務上の監督を及ぼすべき範囲内の行為によつて生じた損害であることを要するけれども、必ずしも使用者の命令又は委任した事業の執行行為自体もしくはその執行行為と関連して一体をなし、執行行為にとつて不可分的に必要な行為から生じた損害のみを指すものではなく、使用者の指揮命令に多少違背するところがあつても、また被用者がその地位を濫用して不当に事業を執行したとしてもその使用者の事業を執行するための行動の範囲内で起りうる危険な行為によつて生じた損害もまたこれに含まれると解すべきところ、

前記当事者間に争いのない事実及び上叙認定の諸事実並びに成立について争いのない甲第一六号証乙第六号証の二、甲第一九号証乙第七号証の二、甲第二四ないし第二六号証乙第一三ないし第一九号証、証人代田重徳、中沢寛の各証言の一部によると、

公団は安本長官の定める方策に基く産業設備の建設、産業設備並びに資材の買受貸付又は売渡、その他安本長官の指定する業務例えばいわゆる過剰物資、特殊物件、不正保有物資で公団が買上げた物、兵器処理委員会より引継いだ物件、統制令違反により没収された物件を適正ルートに配分することなどを業務として、同公団前橋出張所長中沢寛は群馬県下における公団業務を行い、関東財務局前橋財務部あるいは群馬県特殊物件処理委員会等より指示を受けた物件につきその買入、保管、売渡等に関する業務を執行していたこと、また公団はその業務を執行するに当り鉄鋼、非鉄金属、油脂、繊維製品等各部門毎に専門商社を代行商社に選び公団業務の補助者として公団取扱物件の検査、格付、収納、保管及び売買の斡旋を委嘱し、委嘱事務に対しては報酬を支払いつつも右商社の業務を指示監督していたこと、訴外天城産業は正しくこの公団の代行商社に選定され、公団前橋出張所長中沢寛は天城産業の群馬県下における業務すなわち天城産業前橋支店長及び支店員のする公団の業務補助につき指示監督を与うべき地位にあつたこと、しかして中沢寛は、公団として所管物件を売却するに際し定められた正規の手続によることなく、同人がその業務内容につき指示を与え監督すべき代行商社たる天城産業に対し売買の斡旋という委嘱業務の範囲を超えて、同社が買受人の代理人となつて買受人の公団に対する債務を引受け、支払代金保管の委託を受けることを許していたところ、そのようにした場合には買受人と公団との売買契約成立後は直ちに天城産業をして買受人から委託された代金を公団に納入させるように充分注意すべきであつたのに極めてルーズな態度を取つていたため数百万円に及ぶ未納全を生じてしまつたこと、中沢寛及び天城産業前橋支店長高久洸か共謀して前記認定のように原告から金員を騙取するに際しその口実に利用した岩鼻所在物件は賠償指定物資として占領軍の保管するところであつたがその指定が万一解除され関東財務局前橋財務部に払下げられたならば同財務部からさらに公団に引継がれ公団所管の物件となりうべき性質のものであつたにしても、右岩鼻物件の賠償指定解除の見通しは詳らかでなかつたのみならず、専ら天城産業の公団に対する未納金の穴埋めをするために当時の原告会社代表者三好清を欺いて金三百万円を高久洸に交付せしめ、これを右未納金の弁済に充てて費消してしまつたことが認められるのである。

成立について争いのない乙第二号証、甲第一九号証乙第七号証の二、証人中沢寛、代田重徳、鳥塚善、藤生仲、沢村隆司こと小山豊の各証言中以上の認定に牴触する部分は措信することができず他にこれを左右するに足る証拠はない。

叙上認定の事実によれば、中沢寛の原告に対する不法行為は使用者たる公団の事業を執行するための行動の範囲内で行つたものと言うべきであるから、公団は中沢寛の行為によつて原告の蒙つた損害を賠償すべき義務を負つたと言わなければならない。

(六)  なお天城産業の前橋支店長高久洸もまた公団の被用者に当るか否かについては、本件に現れた証拠を検討するとこれを積極に解すべきものと考えるが、同人と共同して本件不法行為を行つた前記中沢寛が公団の被用者たること上記認定のように明らかなところであるから、高久洸が公団の被用者に当るか否かについて特に別途これを説示する必要をみない。

(七)  被告代理人は、仮りに原告が公団に対して損害賠償債権を有していたとしても、右債権は公団清算人に知れておらず、原告は公団清算人のした申出催告期間内にその債権を申出でなかつたので、原告の債権は公団の清算から除斥されたと主張し、原告代理人はしからずして原告が公団に対して有する損害賠償債権は公団清算人に知れたる債権であるから除斥されることはないと抗争する。

昭和二二年法律第五七号産業復興公団法第八条に基く昭和二六年政令第六一号産業復興公団解散令第九条によれば、清算人はその就任の日から一月以内に少くとも三回の公告をもつて債権者に対し二月を下ることをえない一定の期間内にその債権を申し出るべき旨催告することを要し、債権者が右期間内に申出をしないときは清算から除斥されるべき旨を附記しなければならず、知れている債権者には各別にその債権の申出を催告すべく、知れている債権者はこれを清算から除斥することができないと規定されている。

しかして右規定にいわゆる知れたる債権者とは、前記解散令第一二条第二項において公団清算人は争のある債務についても弁済について必要な財産を留保したうえ残余の財産を国に引継ぐことと定められていることから見れば、当該債権者の債権の正確な範囲、数額まで清算人に知れていることは必要でなく、債権者が何人であるかその債権はいかなる原因に基くいかなる請求権であるかについて大体のことが知られていれば足ると解すべきところ、

前記当事者間に争いのない事実に成立について争いのない甲第一〇号証乙第四号証の二、甲第二号証乙第四号証の四、甲第一七号証乙第六号証の五の一部、原本の存在並びに成立について争いのない甲第三号証乙第二二号証、証人中沢寛の証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、当時の原告会社代表者三好清は昭和二五年四月一〇日を過ぎてから前記中沢寛及び高久洸によつて金員を騙取されたことに気付き、同人等に対して金員の返還を求めるとともに、同年五、六月頃、公団本部の係員あるいは右中沢寛の後任者として公団前橋出張所長の事務取扱者となつた百武三郎に対し岩鼻物件の払下方を請求したが容れられなかつたこと、しかし公団本部においても中沢寛及び高久洸の行為について中沢寛等の不正を徹底的に究明せよとの意見と、穏便に済ませよとの意見が対立したが結局原告会社の損害をなんらかの方法によつて補填し原告の公団に対する賠償請求権を消滅させようとの意見に従い、万一補填することができない場合には原告の公団に対する賠償請求権はなお存続するものであることを知りつつ、昭和二五年中、原告のために奔走した訴外東良男等に公団所管の鋼材約一千頓を頓当り一万七、八千円ないし二万円で売却しその転売利益をもつて原告会社の損害を補填させようとしたこと、しかして公団は昭和二六年四月一日から清算に入つたが、その時までに公団は原告の損害が果して補填されたか否かを確認していなかつたことが認められるのであつて、かかる事実関係にあつては、原告は公団の清算開始時において公団に知れたる債権者であつたと言わざるをえず、原告からの債権申出がなくとも原告の本件損害賠償債権を清算から除斥しえない筋合である。

(八)  ところで、公団が昭和二六年三月三一日政令第六一号産業復興公団解散令に基き同年四月一日解散し、昭和二七年一月末日清算終了したものとして残余財産の国に対する引継を完了しかつ昭和二七年四月二六日既に清算結了登記を了したことは当事者間に争いないのであるが、清算から除斥しえない原告の本件損害賠償債権を除斥しえたものとしたこと前項認定のとおりであるから、現実において公団は清算を結了したことにならず、公団は右登記にかかわらずなお存続しているものと認められるから本件訴訟の当事者は国ではなく、公団であると解するのを相当とする如く考えられるが、解散令第一二条第二項は清算人が争いのある債務を含むすべての債務の弁済に必要な財産を留保しその残余の財産の国庫帰属について大蔵大臣の承認を受けた財産は承認があつた時に国庫に帰属すると規定し、同第三項及び第四項によれば、公団を当事者とする訴訟の目的たる財産が国庫に帰属した場合には国は当該訴訟を承継するものとされ、民事訴訟法中訴訟手続の中断及び受継に関する規定は国が訴訟を承継した場合に準用すると規定されていること及び解散令第一〇条の反対解釈から、清算から除斥されえない債権者は公団が国庫に引渡した財産に対しても当然に請求しうるものと解されること並びに解散令は大蔵大臣が公団清算事務終了の承認をした以上これを取り消しさらに清算人をして清算事務を遂行せしめうることにつきなんらの規定をもうけていないところから見れば、公団が清算から除斥しえない原告の債権を除斥したものと処置した本件の場合のように未だ清算を結了しておらず、公団はなお存続しているものと解されるときにも、公団が大蔵大臣の承認を得て残余財産の全部を国庫に帰属せしめたのちは公団に対する除斥されない債権者の請求訴訟については清算人は当事者の地位をしりぞき国が清算を続行すべき者として当事者となるものと解する。

(九)  しからば、公団に対する原告の損害賠償請求につき原告が被告国を相手方としていることは結局において正当であり、以上判断したところに従えば、原告の本訴請求は、被告に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年(ワ)第一一五〇八号事件の訴状が相手方に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和二九年一二月二六日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべく、原告その余の請求は失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し主文のとおり判決する。なお仮執行の宣言はこれを必要としないと認める。

(裁判官 岡成人 篠清 渡部保夫)

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